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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)7157号 判決 1962年12月08日

原告 仁田仁夫

被告 仁田三夫

主文

被告は、原告に対し、別紙目録<省略>記載の土地建物につき浦和地方法務局昭和三三年一一月七日受付第一五二七二号を以てなされある同月六日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記に基き昭和三六年九月一六日売買を原因とする本登記手続をなすべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(原告)

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、請求の原因として次のように述べた。

一、被告は、昭和三三年一一月六日小暮ヨシ及び吉川禎威から金三〇万円を、弁済期昭和三四年五月五日利息年一割八分期限後の損害金一〇〇円につき一日金九銭八厘との約で借り受け、その担保として被告所有名義の別紙目録記載の土地建物(以下本件土地建物という)につき右両名のため抵当権を設定し、かつ両名を予約完結権者とし、被告が期日に右借受金の支払を怠つたときは何時でも代金九〇万円で売買を完結することができるとの売買一方の予約をし、浦和地方法務局昭和三三年一一月七日受付第一五二七二号を以て右売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされた。

二、右両名は、昭和三四年二月一三日石井要子に対し被告に対する右貸金の元本及び利息債権を本件土地建物に対する抵当権とともに譲渡し、被告は同月一六日右譲渡を承諾したが、石井要子は昭和三五年三月一〇日原告に対し被告に対する右貸金の元本及び期限後の損害金債権の全部を抵当権とともに譲渡し、同月翌一一日到達の書面で被告に対し右譲渡の通告をした。

しかして、小暮ヨシ及び吉川禎威は、昭和三四年七月一三日の原告に対し本件土地建物に対する前記売買予約上の権利一切を譲渡し、前記仮登記につき浦和地方法務局同月一六日受付第一一一六二号を以て原告のためその旨の権利移転の附記登記をし、昭和三六年八月二九日翌三〇日到達の書面で被告に対し右譲渡の通知をした。

三、ところで、被告は原告に対し右借受金の支払を全くしないので、原告は、同年九月一六日の本訴提起により被告に対し本件土地建物に対する売買完結の意思表示をなすとともに、前記仮登記に基き売買による所有権移転の本登記手続をなすべきことを求める。

四、被告主張の同時履行の抗弁事実は争う。小暮ヨシ及び吉川禎威と被告との間の右売買予約にあつては、予約完結の際にまず被告が代金の支払を受けるに先立ち、予約完結者に対し右仮登記に基く所有権の本登記をなす旨の先給付の特約が存したものである。

仮りに、右所有権移転の本登記手続をなすことが代金の支払と同時履行の関係にあるとしても、本件土地建物につき住宅金融公庫のため設定されている抵当権の担保する同金庫に対する金五一万円の借受金残債務額を差し引いた代金を提供すれば足りるものである。しかして、原告は被告に対し次のような債権を有するので、本訴においてこれを以て順次被告に対する代金債務と対当額で相殺の意思表示をする。

1  金三〇万円の本件貸金に対する昭和三四年五月六日から昭和三六年八月三一日までの金一〇〇円につき一日金九銭八厘の約定損害金債権金二四万九三一二円

2  原告が被告のため立替払した本件土地建物に対する固定資産税の立替払金三万四九九七円

3  原告が、被告のため立替払した被告の住宅金融公庫に対する借入金債務立替払金三三万七〇五六円

4  本件貸金債権金三〇万円

原被告間に、原告が右の固定資産税及び住宅金融公庫に対する借入金債務を負担して支払うとの約定があつたことは否認する。

(被告)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として次のように述べた。

一、原告主張の請求原因事実のうち、被告の所有にかゝる本件土地建物につき小暮ヨシ及び吉川禎威のため原告主張のような抵当権及び売買予約を原因とする、所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、さらにこの仮登記につき原告のためその主張のような権利移転の附記登記がなされあること、被告が原告主張の各日時に吉川禎威の石井要子に対する債権譲渡を承諾し、石井要子から原告に対する債権譲渡の通知を受け、かつ小暮ヨシ及び吉川禎威から原告に対する売買予約上の権利を譲渡する旨の通知を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

二、被告が昭和三三年一一月六日金三〇万円を借り受けたことはあるが、右は小暮ヨシ及び吉川禎威から借り受けたのではなく、小暮ヨシから金二〇万円、宮本某から金一〇万円を利息月九分の約で吉川禎威を介して借り受けたものであり、その際右借受金債務の担保として本件土地建物につき抵当権を設定する旨を約したことはあるが、原告主張のような売買予約などはしたことがない。

しかして、小暮ヨシは昭和三四年二月一三日以前に吉川禎威に対し、被告に対する右金二〇万円の貸金債権を譲渡したのであるが、被告に対するその旨の通知もなく、被告もまたこれを承諾したことがないのであるから、その後原告が本件貸金債権等の権利を譲り受けその旨の通知を経たにしても、被告に対し債権者たることを主張することはできない。

三、仮りに、原告がその主張のような売買予約上の権利を有するものとすると、本件土地建物に対する売買による所有権移転の本登記手続とその代金九〇万円とは同時履行の関係にあるものである。

原告は、被告に対し本件土地建物に対する固定資産税及び被告の住宅金融公庫に対する借入金債務につき立替払債権を有するというのであるが、被告は昭和三〇年頃原告に本件建物を貸与し、賃料の代わりに本件土地建物に対する固定資産税及び被告の住宅金融公庫に対する借入金債務を原告が引き受けて支払うと約定したものであるから、被告は原告主張のような立替金債務を負担するものではない。

(証拠関係)<省略>

理由

一、被告所有名義の本件土地建物につき小暮ヨシ及び吉川禎威を予約権利者とし、浦和地方法務局昭和三三年一一月七日受付第一五二七二号を以て同月六日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることは当事者間に争いがなく成立に争いのない甲第一、第三号証の各一、二、証人吉川禎威の証言により成立を認め得る同第二号証(もつとも、被告名下の印影が被告の印影であることは、被告の認めるところであるから、全体について成立の真正を推認することができる)、右証言及び原告本人尋問の結果に本件弁論の全趣旨をあわせると、右両名は昭和三三年一一月六日共同して両者あわせ被告に対し金三〇万円を弁済期昭和三四年五月五日、利息及び期限後の損害金はいずれも月九分との約で貸渡し、その担保として本件土地建物につき両名を抵当権者とし、利息及び期限後の損害金を利息制限法所定の範囲に引き直し、利息を年一割八分、損害金を金一〇〇円につき一日金九銭八厘とする抵当権を設定し、かつ、右両名を予約権利者とし、被告が期日に右借受金の支払を怠つたときは何時でも代金九〇万円で売買を完結することができ、予約完結者は被告に対し右代金九〇万円から売買完結の際本件土地建物につき浦和地方法務局昭和二九年一二月二一日受付第一一一一五号を以て住宅金融公庫のため設定されている抵当権の担保する被告の同公庫に対する借入金残債務を控除し、その残額を支払うものとし、さらにこれにつき被告が負担する右借受金及びこれに附帯する債務と対等額で相殺するものとするとの売買予約をし、右売買予約につき前記のような仮登記をしたものであること、並びに小暮ヨシは昭和三四年二月一三日以前に被告に対する本件貸金債権、本件土地建物の抵当権及び売買予約上の権利一切を共同権利者である吉川禎威に譲渡し、同人は右同日石井要子に対し小暮ヨシとの共同の名義で被告に対する本件貸金債権及び本件土地建物の抵当権を譲渡したことが認められ、被告が同月一六日小暮ヨシ及び吉川禎威の共同名義で石井要子に対してした本件貸金債権及び抵当権の譲渡を承諾したことは当事者間に争いがない。

しかして、前掲各証拠によると、原告は昭和三四年七月一三日吉川禎威から同人と小暮ヨシとの共同名義による本件土地建物の売買予約上の権利一切の譲渡を受け、昭和三五年三月一〇日石井要子から抵当権とともに被告に対する本件貸金債権の元本及び期限後の損害金債権の譲渡を受けたことが認められ、右売買予約上の権利の譲渡については前記仮登記につき浦和地方法務局昭和三四年七月一六日受付第一一一六二号を以て原告のため権利移転の附登記がなされ、小暮ヨシ及び吉川禎威の共同名義により昭和三六年八月二九日翌三〇日到達の書面で被告に対しその譲渡の通知がなされたこと、また抵当権及び本件貸金債権等の譲渡については石井要子から昭和三五年三月一〇日翌一一日到達の書面でその譲渡の通知がなされたことは、当事者間に争いがない。

被告は、小暮ヨシから共同権利者である吉川禎威に対する本件貸金債権、本件土地建物の抵当権及び売買予約上の権利の譲渡については被告に対する通知もその承諾もないのであるから、その後の取得者である原告は被告に対し右貸金債権等の権利者であることを主張することはできないと主張する。しかし、債権の譲渡につき債務者に対する通知又はその承諾を必要としたのは、債権譲渡の事実及び新債権者を債務者に明確に認識させ、二重弁済の危険に陥ることがないようにするためであるから、本件のように小暮ヨシ及び吉川禎威との共同の権利が吉川禎威の単独名義へ、さらに同人から石井要子又は原告への権利譲渡が行われた場合に権利変動の過程に応じ債務者に対する通知をし、又はその承諾を得る代わりに単に小暮ヨシ及び吉川禎威が共同の権利を直接石井要子又は原告に譲渡した旨を債務者に通知し、又はその承諾を得るだけでも、債務者としては現在の債権者が何人であるかを明確に認識することができ、二重の弁済をなすような不測の損害を蒙るべき何らの懼もないので、あたかも不動産の登記においていわゆる中間省略の登記が容認されるように、右のような中間の譲渡を省略した債権譲渡の通知又は承諾であつても、債務者に対する対抗要件としては十分であると解しなければならない。従つて、原告は被告に対し本件貸金債権及び本件土地建物の売買予約上の権利者であることを主張するに何ら妨げなきものというべきである。

二、原告が昭和三六年九月一六日本訴提起により被告に対し本件土地建物に対する右売買予約完結の意思表示をなし、その意思表示が同月二四日被告に到達したものであることは本件記録に徴し明らかであるから、右の意思表示により同月一六日原被告間に代金を金九〇万円とする本件土地建物の売買契約が成立したものといわなければならない。

ところで、被告は右の売買の成立により被告が原告に対してなすべき前仮登記に基く所有権移転の本登記手続は、原告からの代金九〇万円の支払と同時履行の関係に立つ旨の抗弁を提出し、原告はこれに対し、特約により被告右本登記義務は原告の代金支払義務よりも先履行の関係にあると主張するのである。しかし、原告の右主張にほゞ沿う証人吉川禎威の証言部分はたやすく措信することができず、前掲甲第二号証(不動産売買予約証書)中の「売買の完結は……その旨の意思表示を発信せられた時を以て効力を生ずるものとし、直ちに所有権移転の本登記手続を行う」との條項も同時履行の関係を排除してとくに被告のなすべき本登記手続を代金の支払よりも先履行とする旨を定めた趣旨であると解することはできないし、他に原告の右主張を認めるに足りるような措信すべき証拠は存在しない。しからば、本件土地建物の売買完結により被告のなすべき所有権移転の本登記は代金九〇万円の支払と同時履行の関係に立つことは否定することができないものというべきである。

さて、売買完結により原告が被告に支払うべき代金九〇万円からは、売買完結の際被告が本件土地建物を担保として住宅金融公庫に対して負担する借入金残債務を控除し、さらにその残額について被告が負担する本件借受金及びこれに附帯する債務と対当額において相殺する旨の約定があつたことはすでに前認定のとおりであるところ、前掲甲第一号証の一、二及び原告本人尋問の結果によると、本件売買完結の昭和三六年九月一六日当時被告の住宅金融公庫に対して負担する借入金残債務は金三一万六六〇〇円であることが認められるので、これを控除すれば、原告の支払うべき売買代金は金五八万三四〇〇円となるが、さらに右約定に従いこれと原告の被告に対する本件貸金三〇万円及びこれにつき昭和三四年五月六日から右売買完結の昭和三六年九月一六日まで月九分の約定を利息制限法所定の範囲内に引き直し、金一〇〇円につき一日金九銭八厘の遅延損害金二五万四〇一六円と対当額で差引き相殺すると、原告の支払うべき残代金は金二万九三八四円となることが明らかである。

しかして、原告は右残代金を被告に対する立替金債権と対当額において相殺する旨をさらに主張する(原告は、第一に右貸金に対する昭和三四年五月六日以降の金一〇〇円につき一日金九銭八厘の遅延損害金債権を第四順位に右金三〇万円の貸金元本債権を以て相殺する旨主張しているのであるが、右はいずれも前認定の売買完結の場合における代金決済方法に関する約定により当然相殺の用に供されたものであること、右に説明したとおりである)。この点につき、被告は昭和三〇年頃原告に本件建物を貸与し、その際原告は賃料を支払う代わりに本件土地建物に対する固定資産税及び被告の住宅金融公庫に対する借入金債務を引き受けて支払う旨約定したというのであるが、これを認めるに足りるような証拠は本件においては見出すことができないから、被告は結局原告に対し、原告が売買完結に至るまで被告に代わり本件土地建物につき支出した固定資産税及び住宅金融公庫に対する借入金債務の割賦弁済金等を支払うべき義務あるものといわねばならない。そこで原告の主張する順序に従つて判断すると、原告本人尋問の結果によれば、原告が本件土地建物の売買完結までに被告のため本件土地建物につき支払つた固定資産税立替払金は金三万四九九七円であることが認められるので、これと原告が被告に対し支払うべき前記売買残代金二万九三八四円とを対当額において相殺するときは、原告の被告に対する売買代金債務はこれにより全部消滅したものといわなければならない。

さすれば、被告は無条件に原告に対し前記の仮登記に基き昭和三六年九月一六日売買による所有権移転の本登記手続をなすべき義務あることが明らかである。

三、よつて、原告の本訴請求を正当として認容すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木醇一)

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